五月の雨

雑記

2017.6.12

 

何処かで尊敬の念を抱いている人には、良い所ばかり見せたくなるので、どうもいつもより良い子を、つまり違う自分を演じるのですが、凄いエネルギーを消費する上に、結局の所、自分の本当の「僕はな、ここが美味いんだぜ」と云う部分を隠してしまうのです。自信が無いが故でしょうか。

自己を解放することは幾分か自分に自信が無ければ出来ない事だと思うのです。まあ、美味しい所を隠したっていい事無いんですけど、それが他人にとっても甘露なものであるのか、酷く疑ってしまう。疑って疑って、この人はいけそうだ、と感じた人にだけ、初めて正直になれる。とんでもない人見知りであります。

 

あっけらかんとありのままの自分でずけずけと相手の懐に飛び込んでゆくことはとても危険なことですし、これこそ僕はコミュ障だと感じるので、其処迄はしたくないのですが(上手く意思疎通がはかれないことよりも深刻な問題だと思ってる)、うーん、いい歳こいて難しいです。

 

好きな物を好きと言えるだけいいのかなーと思っとります。揺らぎない部分をひとつでも持ってるだけマシかなーと。

 

なんかそんなことばかり考えていた一日でありました。要するに、尊敬する人を含んだ人間関係は面倒だってことをいいてーのです。

 

 

まーなんとかしていくしかないでしょー