五月の雨

雑記

2017.6.11

 

此処はもう必要無いかなーと思っとったんですけど、また始めようかと思います。

 

Twitterでもいいんですけど、今の僕だといつもに増して、暗い内容だとか、意地汚いことだとか、何だかあんまり好かれない政治宗教の話とか、そう云うことばかり書いちまう気がするので、己の見識くらいは己の場で書いた方がいいんじゃないかと思ったのであります。そうなると、やはりこの雑記帳は必要でありました。

 

ここ1ヶ月、肺をやられていてずーっと病院と家の往復です。体調が悪いので布団でうだうだしてる日々です。なーんも生み出せないし気力も起きません。非常に自堕落で非生産的な毎日を送っております。

 

いつもより沢山眠っているので、夢は沢山見ます。その夢たちも病気になる前に比べて、不可思議なものばかりを見るようになったので、逆にこれを書き留めて自分の何らかの作品にできるんじゃないかなーとか思ったりしてます。いつもは本とかから色々影響受けるんですけど、今は本を読む気にもなりません。そんな中で唯一インスピレーション受けられるものは自分の夢だけであります。

 

 

夢と云うものは、自分の体験したことや記憶しているものから作られていると聞きます。全く体験したことのないものでも、何か普段読んでる小説や観た映画によって疑似体験をして、それが反映されることだってあるのです。それ以外は、全部前世の記憶だと思っとります。

 

そう考えると何も体験しないように、外との関係を全て遮断し続けて見る夢は、古い記憶からしか材料がなくなるので、どんな風になるんだろうかと思うのであります。記憶という材料は枯渇することはないし、今は思い出せなくても脳味噌の奥の奥の引き出しの中に確かにしまっていることだってあると思うので。

 

ともかく夢を材料に何かを作りたいです。夢日記も兼ねてここを使っていこうかなーと考えております。取り敢えずはやく肺を綺麗にして元気になりたいです。そうしたら、それこそすっかり枯渇した気力が何かぶつぶつ言い出すと思うのです。

 

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躑躅の花が終わったようです