読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

五月の雨

ただの雑記帳。描いた絵とか読んだ本とか考え事とか。

月と兎

 

  中秋の名月。満月は明後日のようですが、乳白色の輝きに癒されました。

 

  僕、月が大好きなのです。ストレスを抱えていて眠れない夜、空に月が浮かんでいると、少しだけ気持ちが楽になります。ぼうっと眺めているだけで、ざわつく心が落ち着きます。何も言わないし、ただそこに在るだけなのですが、その静謐な存在は僕にとってとても大きいものです。(フクロウが鳴いているとなお良い)

 

  月には兎が棲むと、古くから考えられています。月の兎は日本では餅、中国では不老不死の仙薬を搗いていますね。望月の言葉の由来は「餅つき」から来ていると云う程ですので、月と兎は昔から切っても切れぬ関係なのでしょう。(兎の他にも、月の満ち欠けは月に棲む蟾蜍によるものと云う伝説もありますね。)

 

  仏教では老人(本当は帝釈天)のために火に入り、自らを食料として捧げて、その行為を後世に伝えるために、帝釈天が兎を月に昇らせます。どうして兎と月がセットになる伝説がこんなにも多いのか、不思議に思います。

 

  僕は兎も大好きで、家で二羽飼っているのですが、この日は欠かさず兎たちと月を見ることにしています。ぴょんぴょん跳ねるふわふわの毛玉の生き物と玲瓏たる月を掛け合わせた古人はハイパーハイセンスだと思います。素晴らしい。文句無し。そんなん誰もが受け入れるに決まってるじゃろ。

 

  二羽の毛玉が何を考えているのかはてんで分かりません。ただ、あそこにお前らの神様がいるんだよ、とで言っておきました。一羽は返事でもするように、糞を三粒ほどしました。健気すぎやありませんかね。

 

  李白漢詩に『把酒問月』と云うものがあります。

 

 

靑天有月來幾時   

(靑天月有りてより來幾時ぞ)


我今停盃一問之   

(我 今盃を停めて 一たび之に問ふ)


人攀明月不可得   

(人は明月を攀づること得べからず)


月行卻與人相隨   

(月行卻つて人と相隨ふ)


皎如飛鏡臨丹闕   

(皎として飛鏡の丹闕に臨むが如く) 


綠煙滅盡淸輝發   

(綠煙滅え盡きて淸輝發す)


但見宵從海上來   

(但見る宵に海上より來るを)


寧知曉向雲閒沒   

(寧ぞ知らん曉に雲閒に向かひて沒するを)


白兔搗藥秋復春  

(白兔藥を搗きて秋復た春)


姮娥孤栖與誰鄰   

(姮娥孤栖して誰とか鄰する)


今人不見古時月   

(今人は見ず古時の月)


今月曾經照古人

(今月は曾經て古人を照らせり)


古人今人若流水

(古人今人流水の若し)


共看明月皆如此   

(共に明月を看る皆此の如し)


惟願當歌對酒時   

(惟願ふ歌に當たり酒に對する時)


月光長照金樽裏   

(月光の長く金樽の裏を照らさんことを)

 

  

 

  今僕らは昔の月を見ることはできませんが、昔の人を照らした月は、今も輝いています。月を眺めるたび、この月を遥か昔の人も見て、物思いに耽っていたと考えると、なんだか感慨深いものがありますし、大昔から愛され、これからもずっとあり続けるであろう月を考えると、自分の命の短さに驚くものです。

  月にもいつか、寿命があるのだろうけど、僕らの命からすれば月の命は永遠のようなものです。兎が月で、仙薬を搗くのもなんだか頷けるような気がしました。

 

  なんで日本に来た時、餅になったんだろなあ。餅美味いけど。